展示室に入ると、足が止まった。
作品は部屋の隅に静かに立っているだけなのに、
なぜか前へ進めない。
黒い直方体が積み重なるその姿は、
何かを拒んでいるわけではない。
それでも身体は、
見えない面に押し返されるような圧力を感じる。
だから無理に近づこうとはせず、
その場にじっと立つ。
すると、不思議なことが起きた。
作品は床の上に立っているはずなのに、
視線の中では際限なく上へ伸び始める。
高さが増したのではない。
反復する形が、
終わりのない垂直のリズムを生み、
「もの」が天井の向こうまで続いているように感じられた。
さらに近づき、
箱の一つひとつを覗き込む。
黒く塗られた工業的な素材だと思っていた面は、
光を受けると静かな水面へと変わる。
わずかな反射が揺らぎとなり、
深さを持たないはずの箱に、
透明な空気が満ちていく。
そこには金属の冷たさではなく、
夏の日陰に立ったときのような涼しさがあった。
この作品は、
物質の存在感を強める彫刻だと思っていた。
しかし体験したのは、その逆だった。
近づくほど重さは消え、
固体は光になり、
箱は空間そのものになっていく。
ジャッドは形を見せているのではない。
私たちの身体が、
距離によってどのように空間を感じ、
時間によってどのように「もの」が変化していくかを見せている。
この作品は、見るものではない。
しばらくその場に立ち続けた身体だけが経験できる、
静かな出来事だった。
展覧会概要
| 展覧会名 | ジャッド|マーファ展 |
|---|---|
| 開催場所 | ワタリウム美術館 |
| 開催期間 | 2026.02.15-2026.06.07(延長のため2026.07.12) |
