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フルクサス

公開日: 2026年9月15日

概要

1960年代に興ったフルクサスは、美術や音楽、詩や建築、パフォーマンスなどにまたがる国際的な前衛の芸術運動であり、ゆるやかなネットワーク型のグループでもあります。「フルクサス」はラテン語で「流れる」「変化する」などを意味する語です。この名称が示すように、フルクサスでは確固たる思想があるわけではなく、厳密な定義よりも「流動」や「変化」を重視しました。

興り

フルクサスの源泉は、1961年にニューヨークのAGギャラリーで行われた「イヴェント」や、1962年から1963年にかけてデンマークやイギリス、フランス、ドイツ、オランダを巡回した「フルクサス国際現代音楽祭」であるされています。フルクサスを主導したのは、アメリカ人のジョージ・マチューナスです。マチューナスが1963年に作成したマニフェストでは、伝統的な芸術に対する批評性やユーモアなど重視する、前衛的な立場が示されました。しかし、内容がやや過激すぎたため、賛同者はそれほど多くなかったようです。同年以降、名簿の整備、新聞の発行など、共同体としての組織化も進みました。

実践

その実践においては、日常的行為をスコアに基づき実行する「イヴェント」を通じて、日常と芸術の境界を無効化しようとする反芸術的な試みが展開されました。同時に、マチューナスによる『Burglary Fluxkit』(1971年)に代表される、コンセプチュアルでありながらも量産可能で安価な作品(マルティプル)が流通したことも特徴です。

広がりと終息

フルクサスの拠点はアメリカだけでなく、ドイツや日本など10ヶ国に広がり、ナム・ジュン・パイクやヨーゼフ・ボイス、日本からはオノ・ヨーコや靉嘔(あいおう)、塩見允枝子(しおみみえこ)、一柳慧(いちやなぎとし)、小杉武久らが関わりました。ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズやハイレッド・センターなど日本の前衛芸術グループともつながりがみられます。マチューナスの活動は1978年に彼が亡くなるまで続きました。その後も、日常と芸術のあいだを壊すムーブメントとして、研究され続けています。

参考文献

ムーブメント

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