『近代の清算』と『現代への転換点』
第二次大戦後、日本の美術は軍国主義や伝統の束縛から解放されたエネルギーが爆発し、世界のアートシーンを先取りするような革新的な動きが次々と生まれました。
明治以降、長らく西洋美術の受容と消化に腐心してきた日本の芸術は、やがてその模倣的段階を脱し、自律的な表現の模索へと移行します。既存の価値体系からの「離脱」は、日本独自の精神性と現代性を結びつける「再構築」のプロセスでもありました。
表現の焦点は「具体(GUTAI)」に代表されるような「行為」から、時代が進むにつれ「日常」の脱構築、そして「物質」そのものの静謐な提示へと移り変わり、現代美術の礎を築いていったのです。
1:具体美術協会(GUTAI)
人のまねをするな。今までにないものをつくれ
1954年に吉原治良を中心に結成された、日本で最も重要な前衛芸術グループの一つです。従来の「絵筆でキャンバスに描く」という行為を否定し、身体、物質、空間を直接結びつける実験的な手法で創作を行いました。
再評価の流れ
当初は国内で「お祭り騒ぎ」と揶揄されることもありましたが、1950年代後半にフランスの批評家ミシェル・タピエによって紹介され、近年では「パフォーマンス・アートやインスタレーションの先駆け」として世界的に高い評価を得ています。
代表的な作家と手法
- 白髪 一雄:「フット・ペインティング」天井から吊るしたロープに捕まり、足で絵の具を塗り広げる
- 田中 敦子:「電気服」無数の色電球が明滅するドレスを纏う
- 嶋本 昭三:「瓶投げ」絵の具を詰めたガラス瓶をキャンバスに叩きつける
2:ネオ・ダダイズム・オルガナイザーズ(ネオ・ダダ)
破壊こそが創造
1960年、新宿のホワイトハウス(吉村益信のアトリエ)を拠点に結成された、既成の芸術概念を否定する「反芸術」の旗手。極めて短命ながら強烈なインパクトを残したグループです。 廃材、ゴミ、タイヤなどを用いた巨大でグロテスクなオブジェの制作や、全裸でのパレードといった過激な身体表現を行いました。
「具体」が身体と物質の対話を重視したのに対し、「ネオ・ダダ」は都市の混沌やエネルギーを攻撃的にぶつける表現が特徴でした。
代表的な作家と手法
- 吉村 益信:廃材を用いた巨大なオブジェ
- 荒川 修作:初期には「棺桶」のような箱に肉塊を模したセメントを詰めた作品を制作
- 篠原 有司男:「ボクシング・ペインティング」拳闘グローブに絵の具をつけてキャンバスを叩く
3:ハイレッド・センター
芸術の日常化、日常の芸術化
1963年、高松 次郎(高)、赤瀬川 原平(赤)、中西 夏之(中)の名字の頭文字をとって結成された匿名性の強いユニットです。美術館の中ではなく路上や電車内など、公共の場で「攪拌(かくはん)的」な行為(ハプニング)を展開し、社会の制度を揺さぶろうとしました。
芸術と社会の境界を曖昧にし、現代のストリート・アートやソーシャル・エンゲージド・アートの先駆けとなりました。
代表的な行為
- 首都圏清掃整理促進運動:銀座の路上を白衣姿で、歯ブラシや雑巾を用いて過剰なまでに清掃する行為。東京オリンピック直前の「浄化」の空気を風刺
- 山手線事件:山手線の車両内で、中西が自身の顔を卵型に固めたオブジェで磨き続けるなどの奇妙な行動を披露
4:もの派
『作ること』の否定と、関係性の提示
1960年代末から1970年代半ばにかけて登場した、戦後日本美術の中で「具体」と並び世界的に最も有名な動向の一つです。木、石、鉄、紙などの素材にほとんど手を加えず、それらを空間にそのまま提示することで、物質そのものや空間との相互作用を浮かび上がらせようとしました。
西欧的な「人間が素材を加工して作品を作る」という近代的思考を根本から問い直し、東洋思想とも共鳴する独自の表現を確立しました。
代表的な作家と作品
- 関根 伸夫:「位相-大地」大地に巨大な穴を掘り、その土を同型の円筒状に固めて横に置いた
- 李 禹煥(リ・ウファン):鉄板の上に自然の石を置くなど、人為と自然の境界を問う作品
- 菅木 志雄:空間に木材やワイヤーを張り巡らせ、場を変容させるインスタレーション
